阿部智里デビュー作「烏に単は似合わない」感想。渾身のファンタジー!
八咫烏シリーズの第一作、阿部智里さんのデビュー作として発表された「烏に単は似合わない」。
子供の頃から夢見がちなタイプではあったのですが、なにぶんリアリストな家族に囲まれて育ったので、実家から離れた今、ファンタジー好きが加速しています。
数あるファンタジーの中でもライトノベルより本格的で、けれど世界観がとっつきやすいこの作品。
現在コミカライズもされていますね。
文庫が出たときに表紙に惹かれて購入したこの作品。
現在はシリーズ7冊が刊行されています。
出版順に書くと以下の通り。
- 烏に単は似合わない
- 烏は主を選ばない
- 黄金の烏
- 空棺の烏
- 玉依姫
- 弥栄の烏(未文庫化)
- 外伝 烏百花(未文庫化)
私はすべて文庫で追っているので、5巻目まで読破済み。
今回はその記念すべき1冊目「烏に単は似合わない」の感想を少々。
前筆の通り、表紙買いしたのです。この作品。
本屋さんのポップでもかなりプッシュされているし、見るからに平安物っぽいし、いわゆる東宮の皇后選び!絢爛豪華で読み応えありそう!と、安直に恋愛ものかと期待して。
読み始めて序章からすでにミスリードは始まっている。ところが私も大概ロマンチストのお花畑なので、このミスリードに気付かないまま物語に没入していく。
物語の冒頭、ふわふわな脳のお姫様が突然、朝廷に登殿せよと父親から命ぜられる二の姫。
それまで登殿予定だった姉、一の姫の急病による代理だ。当然専用の教育など受けていない。
隠されるように田舎の離れで隔離され、世間知らずも甚だしい箱入りで育てられた二の姫は東の家の姫君。
この八咫烏シリーズでは四大貴族が東西南北の名を継いでいる。
東家の二の姫は初めて他の三家の姫君と触れ合い、自分の無知を知っていく。
二の姫は無知でこそあれ、無知であることを恥じ入ることのできる賢い姫君であった。
華やかな宮廷舞台で繰り広げられる権謀術数、そしてまだ見ぬ若宮(=東宮)への恋心。
その他の三家の姫君の思惑とは別に、自分の知らないことをどうにかして調べようとしていく二の姫の姿はまさに少女漫画のヒロインさながらである。
ところがある時、事件が起きる。
とある女房が西家の姫君の着物を盗もうとしたのだ。
それを発端に、二人の死者を出すこととなる。
もうお分かりだと思うが、そう、この物語の題材はただの「東宮の皇后選び」でも「ただただ絢爛豪華で読み応えあり」でも「安直に恋愛もの」でもなかったのです。
結論、恋愛要素は100を最大として、15ポイントくらい。この15ポイントは物語の登場人物全員を含めて、である。
この物語は、言うなれば貴族四家の姫君たちによる代理戦争の物語。
さて、表紙から最初に想起したのは「無知なお姫様が健気に純真な恋心でもって若宮と恋を成就させる」という物語でした。
その想定がそもそもの間違いで、読み進めていくたびに二の姫の純真さに違和感を覚えていくし、一向に登場しない若宮に疑問を抱いていく。
この物語はどこに帰結するのだろうか?
なんと、その答えだけは、当初の想定通り「若宮の后選び」だった。
相手が想定と違うだけで。
この阿部智里さんが描くのは、ある種少女漫画の「主人公像」へのアンチテーゼなのではないかと思う。
「素直で無知で愛らしく、そして馬鹿ではない少女」はどんな作品でもヒロイン足りえる。
でも、少女自身がその「ヒロイン性」を理解しているとしたら?
その心理が緻密に描かれたとき、その少女はそれまでと違う顔を見せる。
この八咫烏シリーズは、つまりここからが始まりでした。
この「烏に単は似合わない」一冊を読んだだけでは物語は決して読了感の良いものではない、うすら寒さの残るものだった。
私がそう感じたのは、「正義」がぽっと出だから。
その「正義」とはここでは若宮のこととする。
外から観察して正しいことだけを淡々と残す若宮に「義」があるのを理解はしても感情が追い付かないのだ。
あまりに薄すぎる。
では、若宮の義を知るためには、続編を読むしかない。
そうして私はこの八咫烏シリーズにずぶずぶと嵌っていったのでした。
シリーズ5作目、「玉依姫」を読み終えてから再度「烏に単は似合わない」を読み返しましたが、物語の世界観は1作目で曖昧だったものがかなり線を結んでいて、改めて面白さにドキドキしました。
続編、ハードカバーの文庫化を心待ちにしております!